森且行の軌跡を語る上で避けて通れないのが、2026年1月24日に飯塚オートレース場(福岡県)で起きた凄惨な落車事故です。レース中に前走車と接触して時速100キロを超えるスピードで防護フェンスへ激突。診断結果は、骨盤骨折および腰椎破裂骨折という致命的なものでした。
当時の医療関係者や本人の手記インタビューによると、事故直後は骨盤が砕け散り、折れた骨が血管を傷つけて体内出血が止まらず、一時は「あと数時間処置が遅れていれば命が危なかった」という極限状態にありました。さらに、下半身の神経を大きく損傷していたため、医師からは「車椅子生活になる可能性が極めて高い」「再びバイクに乗ることは医学的に考えられない」と告げられたといいます。
しかし、森且行は諦めませんでした。背骨と骨盤を固定するために体内へ24本以上のボルトを埋め込む計5回の大手術を実施。リハビリ初期はわずか数センチ足を動かすだけで激痛が走り、ベッドから起き上がることすらできない日々が続きましたが、自らを鼓舞し続けました。その後、過酷な筋力トレーニングや神経回復のリハビリを乗り越え、事故から約800日後の2026年4月、再びオーバルへと帰還。復帰初戦での劇的な1着ゴールは、公営競技界の枠を超えて全国的なニュースとして報じられました。