昭和45年7月12日に北海道へ入山した福岡大学ワンダーフォーゲル部のパーティー5名(竹末リーダー、滝沢、興津、沼井、西井)は、日高山脈の日高側から十勝側への縦走ルートを進んでいました。順調だった行程が一変したのは、名峰・カムイエクウチカウシ山の九の沢カールに幕営した7月25日の夕刻でした。
テントの外に突如として現れた若いメスのヒグマは、登山者たちの荷物を漁り始めました。部員たちはラジオの音を上げ、食器を叩いて威嚇し、一度はヒグマを追い払うことに成功します。しかし、この最初の遭遇時に取ったある行動が、その後の逃げ場のない惨劇の引き金となってしまいました。
翌7月26日早朝、再び姿を現したヒグマはテントを破壊。危険を感じた一行は下山と脱出を決断しますが、ヒグマは尾根を越えて逃げる学生たちを執拗に追尾しました。27日、八ノ沢カール付近でまず興津さんが背後から襲撃されて命を落とし、パニックに陥ったパーティーは分断されます。その後、28日未明にかけて滝沢さん、竹末リーダーが次々と牙にかかり、最終的に生き残った2名が奇跡的に他大学の登山隊に救助されたのは7月29日のことでした。