相模原が全国的なラーメン激戦区として認知されるに至った背景には、1990年代から2000年代初頭にかけて形成された「ラーメンストリート(通称:村富線)」の存在があります。
県道507号(村富線)や国道16号などの幹線道路沿いに、個人店から大手チェーンまで多種多様なラーメン店が密集。内陸工業都市であり広大なベッドタウンでもある相模原では、自家用車で移動する工場勤務者やドライバー、夜間移動の若者層の胃袋を掴むため、広々とした専用駐車場と深夜営業を兼ね備えたロードサイド型店舗が爆発的に繁盛しました。
時代の変遷とともに店舗の入れ替わりはあったものの、その旺盛なラーメン需要の土壌は失われませんでした。2010年代以降は淵野辺駅や相模大野駅、相模原駅といった主要駅周辺に職人気質の個人オーナー店が次々と出店。ロードサイド型の大型店舗と駅前の実力派専門店が共存し、現在の厚みのあるラーメン文化が形成されたのです。