大内氏を受け入れたのは、日本の最先端医療が集約された東京大学医学部附属病院であった。治療チームの指揮を執ったのは、救急医療の権威として知られる前川和彦教授(当時)。前川医師ら専門家チームは、世界の文献にも例がない高線量被曝患者を救うため、前代未聞の高度治療へと踏み出した。
妹からの造血幹細胞移植、培養皮膚の移植、連日に及ぶ大量輸血や強心剤の投与。失われていく生体機能を補うため、あらゆる手段が講じられた。心拍が停止すれば救急蘇生が行われ、医療陣は不眠不休でベッド脇に立ち続けた。「命を救いたい」という現場の執念と、全身から血が滲み出る患者の絶望的な苦痛。葛藤は日ごとに深まり、未知の領域における放射線医療の倫理的課題を重く浮き彫りにした。