大衆が思い描く「完璧なスーパースターの家庭」と、現実の日常との間には常に冷徹な断絶が存在した。長嶋茂雄という男は、家庭に収まる器をとうに超え、日本社会の共有財産となってしまっていたからだ。自宅の前に連日押し寄せるファンや報道陣、私生活すらパブリックに消費される異様な環境のなかで、子どもたちが呼吸を整えることすら困難な時期があった。
とりわけ近年、家族の力学には明らかな変化が見られる。かつては父親の巨大な影から逃れるべく苦悩を重ねていた長男の一茂が、自身のパニック障害や挫折の記憶を包み隠さず告白し始めたことだ。かつてのタブーを解き放ち、弱さすらも自己表現へと昇華させる彼の姿勢は、多くの現代人の共感を呼んでいる。父から息子へ、時代を超えて受け継がれたのは野球の技術ではなく、逆境のなかで己の矜持を失わない勝負師の血筋だった。