郵政民営化が推し進められた最大の理由は、単に郵便局のサービスを便利にすることだけではありませんでした。その本質は、「日本の金融構造と国の財政システムを根本から作り直すこと」にありました。
民営化以前、国民が郵便局に預けた郵便貯金(郵貯)や簡易保険(簡保)の莫大なマネー(約350兆円規模)は、国の財政投融資(財投)と呼ばれる仕組みを通じて、特殊法人や道路公団などの公共事業へ自動的に流れ込んでいました。この財政投融資は国会の厳格な審議を経ずに使われることが多く、「第二の予算」とも呼ばれ、無駄な公共投資や非効率な特殊法人の温床になっていると強い批判を浴びていたのです。
2001年に就任した小泉純一郎首相は、「郵政民営化なくして構造改革なし」を掲げ、この資金の流れを断ち切ることを最優先課題と位置づけました。郵便貯金と保険を民間市場に開放することで、資金が官営事業ではなく民間の成長分野へ循環するよう促し、同時に国の財政赤字リスクを軽減させることが最大の狙いでした。
2005年8月、郵政民営化関連法案が参議院で否決されると、小泉首相は衆議院を即座に解散。いわゆる「郵政解散」に打って出ました。自民党内の反対派に刺客候補を送り込み、選挙で歴史的な圧勝を収めたことで、郵政民営化法は同年に成立へと至ったのです。