この歴史的一戦のクライマックスには、皇室の公式日程という極めて現実的な「時間制限」が影を落としていた。昭和天皇の球場滞在は午後9時15分までと厳密に定められていたのである。9回裏を迎えた時点でスコアは4対4の同点。時計の針はすでに午後9時12分を指していた。もし延長戦に突入すれば、天皇陛下は試合の決着を見届けぬまま途中退席せざるを得ない。その場の誰もが焦燥感を募らせていた。
その緊迫した空気を一振りで打ち破ったのが、巨人の4番・長嶋茂雄だった。阪神のマウンドには、救援登板したルーキーの村山実。カウント2ボール2ストライクからの5球目、村山が投じた渾身のインコース速球を、長嶋のバットが完璧に捉えた。打球は左翼ポール際へと一直線に吸い込まれる劇的なサヨナラ本塁打。時刻は午後9時12分。両陛下が席を立たれるわずか3分前という、映画の筋書きですら描けない神がかり的な幕切れとなった。
近年発見された当時のスコアラーの手記や関係者の証言によれば、長嶋はこの打席の前、ベンチ裏で素振りを繰り返しながら「絶対に次の回には回さない」と周囲に漏らしていたという。極限のプレッシャーを歓喜のエネルギーへ変えてみせた勝負強さは、偶然の産物ではなく、スーパースターとしての強烈な自己認識が手繰り寄せた必然だった。