高校入学時、大谷選手の身長は約193cmに達していましたが、体重は60kg台後半と非常に細身でした。急激に骨が伸びる成長期特有の「成長痛」や骨端線の問題に直面し、高校1年秋には左足骨端線を痛めるアクシデントに見舞われます。
ここで佐々木監督は、「目先の勝利のために無理をさせてはならない」と判断し、大谷選手に本格的な登板を禁じる英断を下しました。高校1年秋から2年春にかけて、大谷選手は外野手としての出場や基礎トレーニングに専念することになります。
この期間に徹底されたのが過酷なまでの食事トレーニングでした。1日にどんぶり飯を何杯も平らげ、徹底した栄養管理とウェイトトレーニングを継続。その結果、卒業時には体重86kg前後まで増量し、強靭な肉体と柔軟性を併せ持つプロ仕様の身体へと劇的な進化を遂げました。この我慢の時期があったからこそ、高校通算56本塁打を放つ強打者としての才能も開花したのです。