上原家を襲った最大の試練が、神奈川県茅ヶ崎市に開業した高級リゾート「パシフィックホテル茅ヶ崎」をめぐる経営危機でした。1965年、上原謙や加山雄三の親族が役員に名を連ね、相模湾を一望する名門リゾートとしてオープンした同ホテルは、昭和のリゾート文化を象徴するランドマークとして華々しくスタートを切りました。
ところが、放漫経営やオイルショックの煽りを受け、1970年代初頭に経営が急速に悪化。1976年に約23億円(当時の貨幣価値)という巨額の負債を抱えて事実上の倒産に追い込まれます。役員として連帯保証人になっていた加山雄三と上原謙は、天文学的な借金を背負うことになりました。
この危機に対し、息子である加山雄三は全国のキャバレーや地方営業を地道に回り、過密スケジュールで映画やテレビに出演し続けながら、10年以上の歳月をかけて負債を完済。父・上原謙もまた、自身の看板を背負いながら懸命に働き続けました。莫大な借金という過酷な運命を前に、父子は互いを責めることなく、固い絆とプロフェッショナリズムで危機を乗り越えたのです。