多くの人が抱く「なぜわざわざ危険な本線に出てしまったのか」という疑問に対し、事故直後の同乗メンバーの証言や警察の現場見分から判明している真相があります。
ワゴン車がクラッシュした直後、車内は激しい衝撃と火災への恐怖、さらには追い越し車線上に動けない状態で取り残されたという極限のパニック状態に包まれました。関係者の証言によると、マネージャーの砂川曙裕さんは「後続車に事故を知らせなければ二次災害が起きる」「警察や道路管理者に通報しなければならない」という強い危機感から、携帯電話を手に車外へと飛び出しました。
しかし、降り立った直後の路上で、迫ってきた後続の普通乗用車にはねられてしまいます。その衝撃音や事態を車内から目撃した斎藤恭央さんは、路上に倒れた仲間を助け起こそうと、あるいは危険を知らせようとして自らも車外に出たと見られています。折悪しく、現場はカーブを抜けた直後の下り坂。時速80〜100キロメートル近いスピードで走行してくる大型トラックや後続車にとって、雨の薄暗がりの中に突然現れた人影を視認し、安全に停止することは物理的に不可能な状況でした。
「仲間を助けたい」「これ以上の衝突を防ぎたい」という責任感と焦燥感が、高速道路の車道上という極限の危険地帯へと足を踏み出させ、わずか数分の間に取り返しのつかない悲劇へとつながってしまったのです。