ふたりの出会いは1970年代末にさかのぼる。当時の日本の音楽シーンは、フォークソングから洗練されたニューミュージック、そして後の「シティ・ポップ」へと至る過渡期にあった。シンガーソングライターとしての才能をいち早く見抜いた山下達郎は、彼女の楽曲の編曲やプロデュースを手掛け始める。
1982年の結婚以降、竹内まりやは一時的に活動を休止したが、復帰後のアルバム『VARIETY』(1984年)で全曲作詞・作曲を自ら手掛け、全編を山下がプロデュースするという強力な布陣を確立。ここから日本のポップス界を代表する黄金コンビの歴史が本格的に始まった。