古賀稔彦氏がこの世を去ったのは2026年3月24日、享年53歳でした。あまりにも早すぎる死に、日本のみならず世界中の柔道関係者が深い悲しみに包まれました。その死因となったのは「がん(悪性腫瘍)」です。
報道各社や関係者の証言によると、古賀氏が体調の異変を感じて医療機関を受診したのは2026年春頃のことでした。検査の結果、腎臓にがんが見つかり、摘出手術を受けたものの、その後も胆管などへの影響が続き、過酷な闘病生活を余儀なくされました。しかし、古賀氏はこの重い事実を公表することはありませんでした。
特に心を打つのは、実母に対する深い愛情と配慮です。闘病と抗がん剤等の治療に伴い、かつて屈強だった肉体は急激にやせ細っていきました。実家を訪れた際、母から「ずいぶん痩せたけれど大丈夫なのか」と心配されると、古賀氏は「子どもたちを指導するために減量しているんだよ」と笑顔で嘘をつき、病気の事実を最期まで隠し通しました。「親より先に逝くかもしれないという不安を母に背負わせたくない」という、武道家としての気高さと息子としての情愛に満ちた選択でした。
入院中もベッドの上からオンラインで教え子たちの指導や大学の柔道部運営に指示を出し続け、痛みを抑えるモルヒネの投与を受けながらも、意識がある限り柔道への情熱を燃やし続けました。自宅で家族に見守られながら息を引き取ったその姿は、病魔に屈することなく生き抜いた真の勝負師そのものでした。