小池百合子氏とカイロ大学の関わりは、1970年代初頭のエジプト留学に遡ります。関西学院大学を中退した小池氏は1972年にエジプトへ渡り、カイロ・アメリカン大学でアラビア語を学んだ後、名門・カイロ大学文学部社会学科へ編入したとされています。そして1976年10月に同大学を「日本人女性として初めて」、さらに「首席で卒業した」という触れ込みで日本へ帰国しました。
帰国後の小池氏は、当時まだ珍しかったアラビア語通訳として頭角を現し、PLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長やリビアのカダフィ大佐との単独会見をコーディネートするなど、華々しい実績を重ねます。その実績を足がかりに日本テレビ系『ルックルックこんにちは』やテレビ東京系『ワールドビジネスサテライト』の初代メインキャスターに抜擢され、一躍お茶の間の人気者となりました。
しかし、政界進出を果たした1990年代以降、その華麗な経歴には次第に疑問の目が向けられるようになります。特にアラビア語のネイティブスピーカーや中東研究者から「専門用語を駆使した高度な学術対話が成り立たないのではないか」といった語学力への疑念が囁かれ始めました。さらに、かつて自著やプロフィールで強調されていた「首席卒業」の記述が、いつの間にか公式プロフィールから削られて単なる「卒業」へと修正されたことも、学歴詐称疑惑に拍車をかける要因となりました。