SNSやネット掲示板を眺めると、「自己愛性人格障害の人間は、ターゲットが消えれば孤独に打ちひしがれて自滅し、過去の行いを激しく後悔する」という言説が一種のスカッと系ストーリーとして消費されています。しかし、これは被害者の処罰感情が生み出した幻想にすぎません。現場を取材する記者として、この危険な誤解には明確な警鐘を鳴らす必要があります。
自己愛性人格障害の構造上、「自省」や「真の後悔」が生まれることは構造的にあり得ません。彼らの防衛規制である「投影(自らの欠点や悪意を他者のものとして転嫁する心理)」と「スプリッティング(他者を全善か全悪の二極でしか捉えられない認知の歪み)」が働くため、ターゲットが去った理由を「あいつが恩知らずの悪魔だったからだ」と脳内で完全に書き換えてしまうからです。
彼らが痛手を負うとすれば、それは被害者を失った悲哀ではなく、「自分の思い通りになる便利な道具を失った不便さ」と「自尊心を満たせなくなった飢餓感」にすぎません。「いつか反省して謝りに来てくれるのではないか」「自分の苦しみを理解させたい」と期待して接触の余地を残すことは、相手に再び搾取の刃を握らせる行為に等しいと言わざるを得ません。