強い覚悟を持って踏み入れた歌舞伎界でしたが、結婚生活はわずか1年7ヶ月で幕を閉じました。2000年6月、双方が合意のもとで協議離婚が成立します。
離婚に至った最大の要因は、「梨園の妻」という特殊な役割と、近藤サトさん自身のアイデンティティとの間に生じた埋めがたい溝でした。歌舞伎界の妻には、贔屓筋への細やかな気配りや興行中の裏方業務、そして何よりも「跡継ぎ(男児)を産み育てること」への無言の期待が重くのしかかります。
近藤サトさんは後にメディアのインタビューで、当時の心境を率直に明かしています。
- 家柄や血統を重視する閉鎖的な空気感への戸惑い
- 「妻個人」ではなく「役者の付属物」として扱われる違和感
- 周囲からの過度な干渉と、孤立無援の精神状態
自分という人間を完全に消し去り、家のために尽くすことが求められる環境は、自立したキャリアを築いてきた彼女にとって耐え難い苦痛となっていきました。夫であった八十助さん個人への愛情はあったものの、歌舞伎という巨大なシステムと旧態依然とした慣習の中で擦り減り、最終的には自分自身の尊厳を守るために別れを選んだのです。