日本全国の幼稚園や小学校で一斉に行われていた乾布摩擦は、いつ、どのような経緯で姿を消していったのでしょうか。教育行政の推移や学校保健の記録を紐解くと、1990年代後半から2000年代にかけて実施校が激減し、2010年代にはほぼ絶滅状態に至ったプロセスが浮かび上がります。
保育園や小学校の現在において、乾布摩擦がなくなった理由は大きく分けて3点存在します。
第1に、子どものプライバシー保護と人権意識の急速な高まりです。かつては全校集会や園庭で「男女一斉に上半身裸になる」ことが無批判に受け入れられていましたが、1990年代以降、ジェンダー意識の変革や児童ポルノ防止法の制定(1999年施行)などを契機に、屋外で児童生徒が裸体を晒すことに対する防犯上のリスクが強く意識されるようになりました。スマートフォンや高画質カメラが普及した2010年代以降は、外部からの盗撮対策という防犯の観点からも、上半身裸で行う行事は完全に排除されるに至っています。
第2に、アレルギー疾患を持つ児童の増加と皮膚医学の進展が挙げられます。日本皮膚科学会の臨床データによると、子どものアトピー性皮膚炎の有病率は昭和中期と比べて高止まり傾向にあり、乾燥肌(ドライスキン)に悩む子どもも少なくありません。皮膚バリア機能がデリケートな児童に対して一律に乾布摩擦を強制することで、症状の悪化や激しい掻痒感を訴えるケースが教育現場で問題視され、保護者からの強い抗議につながる事例が相次ぎました。
第3に、学校教育における「鍛錬主義(根性論)」の衰退です。戦前から昭和期にかけての乾布摩擦は、軍隊の衛生・鍛錬法にルーツを持ち、「寒さに耐え忍ぶことで精神力を培う」という教育的意図が色濃く反映されていました。しかし、個人の体質や体調を無視した一律の寒冷暴露は、医学的に見てもヒートショックや喘息発作を誘発する危険性が指摘されるようになり、教育的な合理性を失っていったのが真相です。