山田洋次監督がマドンナを選ぶ基準は、単なる当時の人気序列ではありませんでした。映画関係者の手記や当時の松竹製作日誌によれば、監督は「清潔感と、その奥にある生活者の哀愁」を厳格に求めていました。
象徴的なのが、吉永小百合の出演回(第9作『柴又慕情』)です。当時すでに国民的スターとして多忙を極めていた吉永小百合が、山田監督の演出と渥美清の至高の芸を求め、自ら出演を熱望したという経緯があります。現場での山田監督はリハーサルを徹底的に繰り返し、女優たちの一挙手一投足、目線の揺らぎに至るまで妥協を許しませんでした。
また、主演の渥美清は、カメラが回っていない現場ではマドンナ役の女優と意図的に距離を置いていたと伝えられます。楽屋で親しく雑談を交わしすぎると、本番で寅次郎が見せる「憧れの女性への初々しい緊張感」が薄れてしまうことを極度に恐れていたためです。名女優たちが後年に明かした「渥美さんは本番の瞬間まで、どこか遠い存在だった」という証言は、プロの役者同士が火花を散らした制作現場の緊張感を物語っています。