大谷翔平選手が甲子園の土を踏んだのは、高校2年夏(2011年)と3年春(2012年)の計2回です。中学時代から全国的に知られた逸材でしたが、高校入学直後は急激な身長の伸びに骨や筋肉が追いつかず、佐々木洋監督の方針で慎重な育成計画が採られました。
2年夏の甲子園では、左股関節周辺の骨端線損傷(成長痛)を抱えながらもマウンドへ上がり、救援登板した帝京高校戦で当時の高校2年生最速となる150km/hをマーク。一躍全国の高校野球ファンにその名を轟かせました。
打者としても高校通算で56本塁打を記録。投手としてのポテンシャルだけでなく、長打力と卓越したバットコントロールを兼ね備えたスラッガーとして、すでにドラフト上位候補の評価を確固たるものにしていました。