これほど決定的な貢献を果たしながら、なぜレッキング・クルーの存在は長年にわたり一般の音楽ファンに知らされなかったのでしょうか。その背景には、アメリカ音楽産業の「アーティスト神話」を維持するための徹底した情報統制と、スタジオミュージシャンの過酷な労働契約構造が存在していました。
最大の理由は、レコード会社が売り出そうとしていた「自作自演のロックバンド」という幻想の保護です。1960年代、ビートルズの登場以降、若者文化において「自分たちで作詞作曲し、楽器を演奏するグループ」であることが絶対的な正義とされました。しかし、ツアーで多忙を極め、スタジオ録音の技術が未熟だった当時の若手バンドが、短時間で高品質なレコードを制作することは不可能に近かったのです。
そこでレーベル側は、ジャケット写真にはアイドルの姿を使いつつ、スタジオ録音ではレッキング・クルーを起用して完璧なトラックを録音させる手法を常態化させました。テレビ番組発のアイドルグループとして爆発的人気を誇ったザ・モンキーズはその典型例であり、後に「メンバー自身が演奏していない」事実が露見した際は大スキャンダルへと発展しました。また、サーフ・ロックの象徴であったビーチ・ボーイズですら、天才ブライアン・ウィルソンの頭の中にある複雑な音像を具現化できたのはバンドメンバーではなくレッキング・クルーでした。
さらに、当時のアメリカ音楽家連盟(AFM)の規定では、セッションミュージシャンには規定のスタジオ拘束料(スケール・ギャラ)が支払われるのみで、数百万枚売れたとしても原盤印税やクレジット表記の義務は一切ありませんでした。レコード会社にとって、安価なワンショット契約でヒットを生み出してくれる彼らは「都合の良いゴーストプレイヤー」であり、その卓越した功績を大々的に公表する動機はどこにも存在しなかったのです。