初見の読者・視聴者に強烈な違和感を与える表題『君の膵臓をたべたい』。このフレーズの真意を解き明かすことこそ、作品の全貌を理解するための第一歩となります。作中においてこの言葉は、物語の序盤と終盤でまったく異なる色彩を帯びて反復されます。
序盤において桜良は、「昔の人はどこか悪いところがあると、他の動物のそこを食べて治したらしい」という民間信仰・食人風習の逸話を屈託のない笑顔で語ります。自身の膵臓が病魔に侵されているからこそ発せられた「私の膵臓をたべさせたい」「君の膵臓をたべたい」という言葉は、当初は死の影を覆い隠すための諧謔(ブラックジョーク)のように響きます。
しかし、物語が進行するにつれて、この言葉は精神的昇華を遂げます。「人に食べてもらうと、魂がその人の中で生き続ける」というもう一つの言い伝えに触れたとき、二人の関係は「好き」「愛している」という既存の語彙では到底定義できない領域へと突入します。他者に依存せず完結していた「僕」の凛とした強さに憧れた桜良と、周囲を照らし他者との関わりの中で輝いていた桜良の人間力に憧れた「僕」。互いに自分にない欠落を埋め合わせたい、相手の爪の垢を煎じて飲むようにその魂を取り込みたいという激しい渇望が、終盤の「君の膵臓をたべたい」という同一のメッセージへと結実します。
記号化された甘い恋情ではなく、他者の人格と生そのものを全肯定し、自己の血肉にしたいという祈り――それこそが、住野よる氏がタイトルに託した真の理由に他なりません。