西村賢太氏の文学を語る上で、避けて通れない最大の原体験が自らの過酷すぎる生い立ちと経歴です。1967年に東京都江戸川区で生まれた西村氏は、幼少期は運送業を営む父親のもと、比較的裕福な家庭環境で育ちました。しかし、その日常は突如として粉々に打ち砕かれます。
西村氏がわずか10歳(小学校4年生)の時、父親が強盗強姦という凶悪事件を起こして逮捕されたのです。平穏だった生活は一変し、父親には懲役刑が下され、家庭は一家離散。母と姉、そして賢太少年は世間の激しいバッシングと冷酷な視線に晒され、夜逃げ同然の生活を余儀なくされました。
自伝的小説群でも描かれている通り、この「犯罪者の息子」という拭いようのないスティグマ(烙印)は、思春期の西村氏の精神に決定的な影を落とします。中学校を卒業した後は高校へ進学せず、家を出て完全に社会の最底辺へと転落。港湾での荷役作業、警備員、酒屋の配送など過酷な日雇い肉体労働を転々とし、日銭を稼いでは安酒と風俗に注ぎ込む荒廃した日々を送りました。
劣等感と社会への強烈な憎悪はしばしば暴力となって暴走し、若き日の西村氏は暴行罪や傷害罪で二度の逮捕・勾留を経験しています。自らの身体に流れる「凶悪犯の父親の血」に対する激しい恐怖と嫌悪、同時にそこから逃れられない自分自身への苛立ち。この逃げ場のない自己嫌悪と怨念のエネルギーこそが、後に純文学という唯一の出口を見出した際の爆発的な筆力へと転化していったのです。