グループの歴史を紐解く上で、2012年5月3日の『滝沢演舞城2012』は最大の転換点として語り継がれています。当時、前身ユニット「Mis Snow Man」の解体を経て不安定な立場にあった深澤辰哉、佐久間大介、渡辺翔太、宮舘涼太、岩本照、阿部亮平の6人に対し、ステージ上の電光掲示板でサプライズ発表されたグループ名こそが「Snow Man」でした。文字通り、滝沢秀明の手によって名付けられ、過酷なフライングの補助や殺陣のアンサンブルとして舞台の裏方を支え続ける日々が始まりました。
転機が訪れたのは2019年です。滝沢秀明の現役引退に伴い、舞台は『滝沢歌舞伎ZERO』へとリニューアル。向井康二、目黒蓮、ラウールの3名が合流して9人体制となった新生Snow Manが、京都・南座および新橋演舞場のメイン座長に大抜擢されました。当時、一部の古参ファンや舞台評論家からは「滝沢不在で興行が成立するのか」という厳しい懐疑の視線も向けられていました。しかし、彼らは圧倒的な熱量とアクロバットでその前評判を覆し、全日程即日ソールドアウトという実績で実力を証明したのです。
現場を取材した演劇記者の証言によると、稽古場における9人の空気感は「アイドルのリハーサルではなく、アスリートの合宿所そのもの」だったといいます。擦り傷や打撲は日常茶飯事、指先の皮がめくれ上がりながらも木刀を振り続ける日々のなかで、単なる仲良しグループではない、表現者としての強固な連帯感が築き上げられていきました。