震災直後、被災自治体を根底から揺るがしたのが深刻な火葬場不足でした。沿岸部の火葬炉自体が津波で冠水・破壊されたことに加え、広域停電と重油などの燃料不足が重なり、通常時の数十倍に膨らんだご遺体を火葬する手立てが完全に失われました。近隣自治体や遠方の火葬場への広域搬送も道路の寸断によって阻まれるなか、衛生上の限界を迎えた自治体は「仮埋葬(土葬)」という苦渋の決断を迫られることになります。
宮城県東松島市や名取市、岩手県釜石市などの自治体では、山林や公有地を重機で掘削し、長大な溝を掘って棺を並べる仮埋葬地が急遽造成されました。「火葬して送ってあげたい」という遺族の強い願いを前に、自治体幹部は頭を下げ、断腸の思いで土葬への同意を取り付けました。これは決して放置するための埋葬ではなく、将来必ず掘り起こして正規に火葬を行うことを前提とした「仮の措置」でした。
その後、全国の自治体からの受け入れ支援や道路網の復旧に伴い、埋葬されたご遺体の改葬(掘り起こしと火葬)作業が進められました。猛暑のなか、防護服を着た作業員や自衛隊員、自治体職員が立ち会い、一つひとつの棺を丁寧に掘り起こして骨壺へと納める遺体引き渡しの経緯は、関係者の心に深い傷を残すとともに、大規模災害における法制度の脆弱性を浮き彫りにしました。