2015年6月、太田出版から突如として刊行されたノンフィクション手記『絶歌』。その出現は、まさに晴天の霹靂であった。事前告知は一切なく、書店関係者すら直前まで内容を知らされなかったこの犯罪手記は、発売と同時に空前の波紋を広げた。全2部構成で描かれた記述の前半には、幼少期の歪んだ性衝動や首切り殺人へと至る精神的暴走、犯行の仔細が冷淡かつ自己陶酔的な文章で綴られていた。後半は医療少年院を退院した後の社会復帰、葛藤、自立への模索が語られている。
しかし、最大の争点となったのはその出版手法と遺族への配慮の欠如だ。被害者の遺族に対する事前の報告や承諾は皆無。遺族側は即座に出版停止と回収を強く求める声明を発表し、「加害者の自己満足と金稼ぎに命が利用された」と痛切な苦言を呈した。一部の大型書店が店頭販売を自粛する自衛措置をとる一方、本は爆発的な売れ行きを見せ、初版10万部はあっという間に増刷を重ねた。社会は、倫理的憤激と抑えがたい好奇心の板挟みに苛まれることとなった。
2026年を迎えた現在も、この手記が残した傷痕は癒えていない。加害者本人が印税を手にしたことへの道義的責任、出版社の社会的責任をめぐる議論は、出版業界のあり方そのものを変容させる契機となった。なぜこれほどまでの衝撃をもたらしたのか。そこには、惨劇の裏側に隠された「語ってはならない領域」への侵犯があったからに他ならない。