木瀬部屋の歴史を語る上で避けて通れないのが、2010年に発生した維持員席問題に伴う部屋の閉鎖処分です。暴力団関係者が大相撲名古屋場所の維持員席(砂かぶり席)を確保していた問題に関与したとして、日本相撲協会から師匠の木瀬親方に対して委員から平年寄への降格処分および木瀬部屋の閉鎖・北の湖部屋への預かり処分という重い処分が下されました。
当時、手塩にかけて育てていた所属力士たちは全員、北の湖部屋へ移籍することとなり、部屋の看板は一時的に下ろされることになりました。しかし、預かり先となった当時の日本相撲協会理事長・北の湖親方は木瀬親方の指導力を高く評価し、力士たちの育成を一任する形で深く支えました。木瀬親方自身も猛省の日々を送りながら、弟子の指導に愚直に向き合い続けました。
その真摯な姿勢と反省が認められ、2012年4月、日本相撲協会理事会にて木瀬部屋の再興が正式に承認されました。一度途絶えかけた部屋の看板を取り戻したこの経験は、木瀬親方の弟子への愛情と相撲道に対する覚悟をより一層強固なものへと変える契機となりました。