1960年代初頭、祖父の初世猿翁と父の三世段四郎を相次いで失った若き日の猿之助は、後ろ盾を失い、劇壇の孤児となった。門閥制度が色濃く残る世界において、後ろ盾のない若手に与えられる役は限られている。だが、そこで膝を屈するような男ではなかった。
「役がないなら、自分で舞台を作るまでだ」。彼は埋もれていた古典作品の発掘に乗り出し、スピード感とダイナミズムを前面に押し出した復活狂言を連発。松竹株式会社の興行体制をも揺るがしながら、劇場の主役を演者から「観客」へと奪還していった。劇評家が眉をひそめようと、切符売り場にできた長蛇の列こそが、彼の正しさを証明していた。