結婚後の田村淳のキャリアは、単なるお笑い芸人の枠を遥かに越えて拡張していった。慶應義塾大学大学院への進学や新規事業の立ち上げ、そして吉本興業に所属しながらも相方のために設立した「株式会社LONDONBOOTS」の代表就任など、激動の挑戦が続いた。
芸能界の荒波や組織の変革期にあっても、淳が果敢に攻めの姿勢を崩さなかったのは、家庭という絶対的な安全基地があったからだ。突拍子もない夫の挑戦に対しても、香那さんは決して否定から入らず、「あなたがやりたいことなら全力で応援する」と静かに背中を押し続けた。その包容力こそが、彼のバイタリティの源泉泉となっている。