結婚と引き換えに、内村が支払った代償は極めて重いものでした。芸能界で長年囁かれてきた「内村光良のテレビ朝日出禁説」は、単なるネットの都市伝説ではなく、業界内の力学として厳然たる事実でした。徳永の元夫がテレビ朝日の社員(情報制作局ディレクター)であったことから、社内の風当たりは極限まで高まり、看板人気番組だった『内村プロデュース』は2005年9月をもって打ち切りに追い込まれました。
当時、民放他局で次々とレギュラーを獲得していた内村でしたが、テレビ朝日の番組からは完全に姿を消すことになります。この不自然な空白期間は約13年間に及びました。局幹部や制作現場の間でも「内村の起用は社内感情的にタブー」とされ、キー局のキャスティング会議における暗黙の了解となっていたのです。
この硬直した関係に風穴が開いたのは、2018年秋の『報道ステーション』キャスター刷新でした。テレビ朝日の上層部および番組制作サイドは、視聴率のテコ入れと硬軟織り交ぜた信頼性の高い語り口を求め、元局アナであり高いアナウンス技術を持つ徳永のメインキャスター起用という起死回生の人事を決断しました。古巣への復帰という異例のオファーに、徳永自身は激しい葛藤を覚えたと当時のインタビューで述懐しています。局内に当時の関係者が残るなか、再び好奇の目に晒されるリスクを誰よりも懸念したためです。
背中を押したのは、他ならぬ夫の内村でした。内村は「君がアナウンサーとしてもう一度勝負したいなら、全力で応援する。子供たちのことは僕がフォローするから、思い切ってやってきなさい」と妻を送り出しました。この徳永の復帰と視聴率への貢献をきっかけに、テレビ朝日と内村側の雪解けが一気に加速。2019年以降は内村自身もテレビ朝日の特番やバラエティにゲスト出演を果たし、10年以上に及んだ「出禁状態」は名実ともに完全解消を迎えました。