北町奉行所跡を訪れるにあたって、ネット上や一般の歴史ファンの間で広まっているいくつかの「代表的な誤解」を是正しておく必要があります。現場を訪れる前に知っておくことで、史跡鑑賞の解像度は一気に上がります。
誤解1:「北町が神田や上野を担当し、南町が日本橋や銀座を担当していた」
「北町」「南町」という名称から、江戸の町を南北でエリア分割して統治していたと勘違いされがちです。しかしこれは明確な誤りです。実際には「月番制(つきばんせい)」という運用が採られていました。1ヶ月ごとに当番(月番)を交代し、当番の奉行所がその月の新たな訴訟や事件の受理を一手に担当しました。非番の奉行所は、前月以前から引き継いだ未解決事件の処理や裁判に専念する仕組みです。つまり、管轄エリアによる分割ではなく、時期による業務ローテーション制を敷くことで、権力の集中や癒着を防ぎ、公平性を担保していたのです。
誤解2:「遠山の金さんは本当に刺青を法廷で見せていた」
テレビ時代劇でおなじみの「おう、この桜吹雪に見覚えがねえとは言わせねえぜ!」という名セリフ。しかし、公務の法廷で奉行が服を脱ぐなどということは、幕府の厳格な職制上あり得ませんでした。青年時代、家督相続を巡る葛藤から家を飛び出し、市井の無頼漢たちと交わって放蕩生活を送っていた時期に刺青を入れていたという逸話は複数の随筆に残っていますが、その絵柄も「桜吹雪」ではなく「桜の散り花」または「女の生首」であったなど諸説あります。法廷で脱衣した事実こそフィクションですが、青年期に庶民の裏通りで泥水をすすった経験が、後の名裁きを生んだ土壌となったことは紛れもない真実です。
誤解3:「遺構を見るためにはビル内部や有料エリアに入る必要がある」
「オフィスビルの地下だから関係者以外立ち入り禁止なのでは?」「観覧料が必要なのではないか?」という声がネットの質問サイトで見られますが、完全な杞憂です。遺構が面している通路は、東京駅の地下自由通路と直結した公共的な歩行者空間です。24時間(ビルの開館時間に準拠)、誰でも完全無料で自由に見学可能となっています。