潜伏の歴史を語る上で起点となるのが、1637年に勃発した「島原・天草一揆(島原の乱)」です。過酷な年貢の取り立てとキリシタン弾圧に耐えかねた農民・信徒約3万7千人が原城跡に立て籠もり、幕府軍との死闘の末にほぼ全滅しました。幕府はこの乱を契機に鎖国を決定づけ、絵踏(踏み絵)や宗門改めを通じた徹底的な弾圧体制を完成させます。
信徒たちは生き残るため、人里離れた五島列島や険しい海岸線の外海地区、天草の漁村へと移住を進めました。集落内には「帳方(ちょうかた)」と呼ばれる教会暦の管理者や、「水方(みずかた)」という洗礼を授ける役職を秘密裏に配置し、地下組織として信仰を守り抜いたのです。
そして1865年、歴史の転換点となる劇的な出来事が起きます。長崎に外国人居留地向けとして建てられた大浦天主堂へ、浦上の潜伏キリシタン十数名が密かに訪れ、フランス人司祭プチジャン神父に「ワタシノムネ、アナタノムネトオナジ(私たちの信仰は、あなたと同じです)」と告白したのです。これが世界宗教史上の奇跡と称される「信徒発見」です。この瞬間から、日本における潜伏の歴史は終焉へと向かい、復活と再編の時代へと突入していきました。