四国遍路の根本思想において、四国遍路の108煩悩の意味は極めて重い。八十八ヶ所巡礼は人間が抱える「四苦八苦(4×9+8×8=36+72=108、あるいは48+60など諸説あり)」を滅する旅とされるが、そこに別格二十霊場の20ヶ寺を加えることで、合計108の札所が揃い、人間の持つ百八の煩悩を余すところなく昇華・消滅させる完全な曼荼羅の世界が完成する。
「八十八ヶ所を終えた瞬間、素晴らしい達成感とともに、どこか大師との旅が終わってしまった喪失感に包まれた。だが別格を巡ることで、本当の心の静寂と大師信仰の深淵に触れられた」――これは多くのベテラン遍路が手記や巡礼座談会で口を揃える実感だ。八十八ヶ所が公的な性格を強めて大規模化していった歴史に対し、別格二十霊場には弘法大師・空海ゆかりの素朴で奇跡的な伝承が色濃く息づく。
空海が幼少期に学んだとされる徳島の童学寺、飢餓に苦しむ人々を救うため鯖を断つ誓いを立てた土佐の鯖大師本坊、野宿の寒さに耐えかねて大師が身を寄せた伊予の十夜ヶ橋など、各地に刻まれた伝承は人間味あふれる空海の苦難と慈悲そのものである。単なる札所巡りにとどまらず、空海の生の息吹を追体験できる点こそが、四国八十八ヶ所との違いの理由であり、経験者を惹きつけてやまない磁場となっている。