欧米のアートマーケットにおいて長らく続いてきた「ファインアート(純粋美術)> クラフト(工芸)」というヒエラルキーは、いま音を立てて崩れ去りつつある。バーゼルやロンドン、ニューヨークのメガギャラリーがこぞって日本の近現代工芸作家を青田買いする光景は、もはや珍しくない。
日常の器でありながら宇宙的な抽象性を宿す茶碗、彫刻としての強度を持ちながら用の精神を宿す竹工芸。国立の殿堂が提示するキュレーションは、「使うこと」と「鑑賞すること」を分断しない日本固有の美意識を世界標準の批評言語へと見事に翻訳してみせた。西洋主導のアートヒストリーに対する、極めてエレガントな批評的回答がここにある。