「地球一周が約4万km」という壮大なスケールは、現代の科学技術によって突如判明したわけではありません。今から2200年以上も昔、紀元前3世紀のエジプト・アレクサンドリアで活動していた学者エラトステネスが、驚くべき幾何学的手法で地球のサイズを特定していました。
彼が着目したのは、夏至の正午における太陽光の入射角度の違いでした。シエネ(現在のアスワン)では夏至の正午に深い井戸の底まで日光が届き、影が消える(太陽が天頂にある)のに対し、約800km北に位置するアレクサンドリアでは、地面に立てた棒に約7.2度(全円360度の50分の1)の影が落ちていました。地球を球体と仮定すれば、この角度の差は中心角の差に等しくなります。エラトステネスの計算は極めてシンプルで、「2都市間の距離×50」によって地球の円周を割り出したのです。
彼が導き出した数値は当時の単位で約25万スタディア(約39,375km〜46,000km相当、諸説あり)とされ、現代の観測値と照らし合わせても誤差数パーセントという驚異的な精度を誇っていました。宇宙から地球を見る術すらなかった古代に、影の長さと歩測データだけで地球の輪郭を捉えた知性は、科学史上最大の偉業の一つに挙げられます。
一方、私たちが「なぜ地球一周はぴったり約4万kmというキリの良い数字なのか」と不思議に思う背景には、フランス革命期の度量衡改革があります。これがまさにメートル原器の定義理由です。1791年、フランス科学アカデミーは誰にとっても不変で普遍的な単位を作るため、「北極点からパリを通過して赤道に至る子午線弧長の1,000万分の1」を「1メートル」と定義しました。
北極から赤道までは子午線全体の4分の1(1/4周)ですから、子午線全周は「1m × 1,000万 × 4 = 4,000万m(40,000km)」になるよう意図的に基準が作られたのです。つまり、「地球が偶然4万kmだった」のではなく、「地球の子午線が4万kmになるように1メートルを決めた」というのが歴史の真実です。現代では光速を基準とした定義に改定されていますが、私たちが使う長さの基本単位には、地球そのものの大きさが今なお息づいています。