一般の単身向け賃貸マンションにおける退去時の精算では、借主が負担する費用はクリーニング代の3万〜5万円程度に収まるケースが大半を占めます。ところが、ペット可賃貸退去費用相場を調査すると、1K〜1LDKでも20万〜35万円前後、ファミリータイプの2LDK〜3LDKでは40万〜80万円超に跳ね上がる現場が日常茶飯事となっています。なぜこれほどまでの格差が生まれるのでしょうか。
その背景にある最大の要因が、敷金増額償却の真相です。ペット飼育を申告して契約を結ぶ際、貸主側は「敷金1〜2ヶ月分積み増し(または敷引)」を条件として提示します。入居者の多くはこれを「退去時の汚損に備えた預け金」と認識していますが、契約書に「退去時に敷金1ヶ月分を無条件で償却する」という文言が入っている場合、この預託金は一切返還されません。つまり、部屋をどれほど清潔に使っていたとしても、入居時の追加敷金はそのまま貸主の手元に消える仕組みです。
さらに高額請求の引き金となるのが、賃貸借契約書ペット特約条項の存在です。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、壁紙(クロス)の耐用年数は6年と定められ、年数の経過とともに借主の負担割合は減少し、6年経過時には残存価値が1円になると規定されています。しかし、契約書に以下のような明確な特約が記載され、合意の上で署名・捺印している場合、判例上は特約がガイドラインに優先して有効と判断される傾向があります。
- 「ペット飼育に伴う室内の臭気除去費用(オゾン脱臭作業等)は、汚損の程度にかかわらず借主の全額負担とする」
- 「柱・壁・床に付着した引っかき傷や尿の付着がある場合、該当箇所の部分補修ではなく部屋全体のクロス・床材張り替え費用を借主が負担する」
- 「退去時の専門業者による特別ルームクリーニング費用は、通常損耗分を含め借主負担とする」
東京都内の不動産トラブル相談窓口に寄せられたデータによると、原状回復に関する紛争相談のうちペット関連物件が占める割合は全体の約28%に達しています。貸主側は「柱や下地ボードに染み込んだアンモニア臭は通常清掃では消えず、次の入居者を迎えるためには石膏ボードごとの解体・交換が必要になる」と主張し、入居者側は「通常損耗の範囲内である」と反発する構図が、退去時の高額請求トラブルの根底にある構造的摩擦です。