沢木耕太郎の作家としての歩みは、日本のサラリーマン社会に対する鮮やかな叛逆から始まっています。
東京都出身の沢木は、横浜国立大学経済学部を卒業後、当時トップクラスのメガバンクであった大手都市銀行に就職を内定させていました。しかし、1970年4月1日の入社初日、オリエンテーションの会場で違和感を覚え、その日のうちに辞意を伝えて退社したという有名な逸話を持っています。
安定したエリートコースをあっさりと捨て去り、ルポライターとしての活動を開始。20代半ばで大宅壮一ノンフィクション賞を受賞するなど、瞬く間に頭角を現しました。この「自分の直感を信じて潔く踏みとどまる」という決断力こそが、後の作品群に通底する独自の美学を形作っています。
一方、沢木耕太郎の家族や私生活については、メディアで過剰に語られることはほとんどありません。私生活を切り売りせず、作品と思想によってのみ読者と対話するという徹底したスタンスは、作家としてのダンディズムと気品を感じさせます。