全国の神社仏閣の中でも、天河大弁財天社ほど「呼ばれる」「拒まれる」という表現が定着している場所は稀です。インターネット上や口コミでは、「直前で急なトラブルが発生して行けなくなった」「悪天候や電車の遅延で断念せざるを得なかった」という体験談が数多く見受けられます。
なぜこのような現象が語られるのか、その理由は主に霊峰・大峯山へと続く過酷な地理的条件と参拝者の心理的準備にあります。天川村は標高約600メートル前後の山間部に位置し、かつては修験道の開祖・役行者(役小角)が修行を重ねた険阻な地です。天候の急変や道路の凍結、長距離移動による体調の変化が起こりやすく、物理的なハードルが極めて高いことが「選ばれた者しか行けない」という伝承を補強してきました。
一方で、スムーズに参拝を果たせる「呼ばれる人」にはいくつかの明確な特徴が見られます。自我や見返りを求めすぎず、純粋な感謝や芸事への情熱を抱いている状態の時、不思議と道中の障害が解消されるケースが目立ちます。参拝を拒まれるように感じる出来事があったとしても、それは「今はその時期ではない」というサインであり、機が熟した時に再び扉が開かれると捉えるのが自然です。