東日本大震災で船に乗っていた人の運命|沖出し生還劇と被災船の教訓

東日本大震災で船に乗っていた人の運命|沖出し生還劇と被災船の教訓

東日本大震災で船に乗っていた人の運命|沖出し生還劇と被災船の教訓の主要なニュースをコンパクトにまとめました。全体像を一目で把握できます。

東日本大震災の被害を象徴する光景として、世界的なニュースとなったのが「陸の上に乗り上げた大型船」の姿でした。なぜ巨大な船舶が2階建て民宿の屋根の上や、内陸数百メートルの道路に運ばれてしまったのでしょうか。

観光船「はまゆり」が民宿の屋根に乗ったメカニズム

岩手県大槌町赤浜地区では、釜石港所属の観光船「はまゆり」(総トン数約92トン、全長約28メートル)が、2階建て民宿「あかぶ」の屋根の上に完全に鎮座する姿が記録されました。

この現象は、津波の特異な流体力学によって発生しました。第1波が引き波となって引いた際、港湾内の海水が一気に吸い出され、水深が急激に低下。その直後、最大遡上高15メートルを超える巨大な押し波が襲来しました。海水面自体が建物の屋根を超える高さまで一気に持ち上げられ、浮力を得た観光船が水平に流されて民宿の真上に到達。そして海水が急速に引いていく際、船体だけが屋根の梁と柱の上に引っかかり、取り残されたのです。

「はまゆり」は震災遺構としての保存議論が行われたものの、建物の倒壊危険性や解体費用の問題から、2011年5月に撤去・解体されました。現在は模型や写真パネルが大槌町内の震災伝承施設で保存されています。

気仙沼「第十八共徳丸」の内陸打ち上げと解体の経緯

宮城県気仙沼市の鹿折地区では、福島県いわき市所属の大型巻き網漁船「第十八共徳丸」(総トン数約330トン、全長約60メートル)が、沿岸から約750メートル離れた市街地(JR鹿折唐桑駅付近)まで押し流されました。

周囲の住宅街が津波火災で焼け野原となる中、赤と青の船体は被災地の中心に異様な存在感を放ち続けました。保存して後世に伝える「震災遺構」としての議論が全国で巻き起こり、住民投票や意向調査が実施されました。しかし、「見るたびに被災の苦痛が蘇る」「復興の土地区画整理が進まない」という被災者感情や維持管理コストの観点から、2013年9月に解体工事が完了しました。跡地には祈りの場となるモニュメントが整備されています。

山本 拓海
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山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。