迷信が単なる昔話で片付けられない証拠は、近代的な人口統計の数字に刻み込まれている。厚生労働省の人口動態統計を振り返ると、前回にあたる1966年(昭和41年)の出生数は前年の約182万人から約136万人へと激減。前年比25.4%減という数字は、戦後の混乱期を除けば日本の観測史上類を見ない異常な落ち込みだった。
国立社会保障・人口問題研究所が保管する当時の資料や分析からは、計画的な妊娠回避だけでなく、人工妊娠中絶の急増、さらには戸籍上の生年月日を前後の年にずらして届け出る事例が全国で頻発した実態が浮かび上がる。新幹線が開通し、カラーテレビが普及し始めた高度経済成長の只中にあってさえ、日本社会は「女の子が生まれたら結婚できない」という世間体の圧力に屈したのだ。