2026年12月、不当な冤罪と闘い抜き、司法の闇を世に知らしめた菅家利和さんが78歳でこの世を去りました。釈放後の会見や講演会において、菅家さんは怒りを露わにしながらも、常に「真犯人を捕まえてほしい。亡くなった子どもたちが浮かばれない」と訴え続けていました。自分を陥れた警察への恨み以上に、幼い命を奪った本物の凶悪犯が今もどこかで平然と息をしていることへの許しがたい憤りが、その言葉には込められていました。
足利市や太田市の現場地域を訪れると、事件から数十年が経過した現在でも、通学路には防犯パトロールの厳しい目が配られ、パチンコ店には「不審者警戒」の掲示が褪せることなく残されています。地元住民の生の声を聞くと、「菅家さんが無罪になったのは良かったが、じゃあ近所に住んでいたかもしれない真犯人はどこへ行ったのか」「時効だからといって、人殺しが隣で暮らしているかもしれない恐怖は消えない」という不安が今も根強く渦巻いています。
真犯人を法で裁けないという司法の不作為は、遺族や菅家さんだけでなく、地域社会全体に癒えない傷痕と不信感を残し続けているのです。