芝エリアの骨格を形作ったのは、言わずと知れた徳川将軍家の菩提寺、大本山増上寺である。江戸の都市計画において、裏鬼門を守護する要所としてこの地を選んだ徳川家康の眼力は、数百年の時を経た今も色褪せない。壮大な三解脱門(三門)をくぐり抜けると、圧倒的な木造建築の威容と背後の現代建築が一直線に重なり合い、時空が歪んだかのような錯覚を覚える。
近年、この重厚なバックボーンは歴史・トラベルカルチャーの文脈で再評価が著しい。単に史跡を巡るだけでなく、境内や隣接する芝丸山古墳の高台を歩きながら、武蔵野台地の突端に築かれた防衛拠点としての地形を読み解くフィールドワークが知的好奇心旺盛な散策者を惹きつけている。悠久の祈りが染み付いた静寂と、都市のエネルギーが衝突する境界線。それこそが、この地特有の引力なのだろう。