2016年の宝塚記念。ファン投票で選ばれた錚々たるトップホースたちが集う阪神競馬場は、梅雨の長雨によって荒れ果てた重馬場と化していた。圧倒的人気を背負っていたのは、ドゥラメンテやキタサンブラックといった時代を象徴するスター牡馬たち。その中心で、8番人気の伏兵牝馬が起こした金字塔を誰が予想できただろうか。
手綱を取った名手・蛯名正義の判断は冴え渡っていた。馬場の荒れたインコースを避け、馬群の外から一気にスパートをかける。管理する久保田貴士調教師が丹精込めて仕上げた研ぎ澄まされた馬体は、過酷な消耗戦で真価を発揮した。前年のエリザベス女王杯を制してG1馬の仲間入りを果たしていたとはいえ、牡馬の超一線級を真っ向勝負で競り落としたその走りは、競馬史に残る番狂わせにして必然の勝利だった。
勝負を決めた瞬間の蛯名騎手の一撃、そしてスタンドのどよめき。あの直線で見せた執念こそが、彼女をただの牝馬重賞ウィナーにとどまらない「グランプリホース」へと昇華させた原点である。