芥川賞を主催する日本文学振興会と、受賞作を掲載する文藝春秋の歴史において、本谷有希子の登壇は一つの構造変化を象徴していた。それまでの純文学が持っていた私小説的リアリズムや重厚な文体論に対し、彼女は軽やかな寓話性と演劇的なカット割りを持ち込んだ。
日常のすぐ隣に広がる不条理を、ポップでありながら冷酷な手触りでスケッチする技術。これは文壇の純文学観を柔軟に拡張する契機となった。ジャンルの境界線が曖昧になる過渡期において、文藝春秋の誌面に刻まれたその文体は、伝統的な文壇システムに新しい風を吹き込む起爆剤となったのである。