千璃さんが生まれた当時から、倉本さん一家はニューヨークを生活の拠点としていました。言葉や文化の壁がある異国で、重度障害を抱える乳幼児を育てることは並大抵の苦労ではありません。顔の形成や気道確保のため、千璃さんは幼少期から数十回に及ぶ大手術と全身麻酔を経験することになります。
しかし、アメリカの手厚い特別支援教育(スペシャル・エデュケーション)や、個性をありのままに尊重する現地のコミュニティ、そして優秀な医療チームとの出会いは、一家にとって大きな救いとなりました。現地の特別支援学校に通いながら、一歩一歩リハビリを重ねていく千璃さんの姿は、母である美香さんにとっても大きな希望の光でした。
日本とアメリカの福祉や医療体制の違いに直面しながらも、倉本さんは「この街だからこそ、千璃は多くの笑顔を手に入れられた」と語っています。マンハッタンの風を感じながら、車椅子で街を散歩し、家族とともに日常を謳歌する姿は、多くの在米日本人や現地の友人たちからも温かく見守られてきました。