さざえ堂の歴史を紐解くと、奇抜な建築美の裏に当時の庶民に対する深い信仰と合理精神があったことが分かります。設計・考案したのは、当時飯盛山にあった正宗寺の住職・郁堂禅師(いくどうぜんじ)です。
正式名称の「三匝堂」にある「匝(そう)」とは、めぐる・めぐらすという意味を持ちます。堂内を右回りに3回巡る構造から名付けられました。当時、関西方面の霊場を巡る「西国三十三観音巡礼」は庶民の憧れでしたが、東北の会津から旅立つには莫大な費用と年月が必要でした。
そこで郁堂禅師は、さざえ堂の回廊沿いに西国三十三観音像を1体ずつ安置しました。参拝者がスロープを上り下りするだけで、三十三観音すべてに参拝したことと同じ功徳が得られる「ワンストップ巡礼システム」を構築したのです。明治初期の神仏分離令と廃仏毀釈により観音像は撤去され、現在は「皇朝二十四孝」の額が掲げられていますが、その建築的価値の高さから平成7年(1995年)に国指定重要文化財へ指定されました。