敗戦直後の1945年、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が断行した財閥解体は、日本近現代史における最大の経済的断絶となるはずだった。本社は解散させられ、創業家一族は追放、商号や商標の使用すら禁止された。しかし、彼らは死ななかった。
朝鮮戦争の特需と講和条約の締結を機に、バラバラにされた旧系列企業は自然発生的に再集結した。株式の持ち合いという新たな鎧を纏い、金融を中心とする企業集団として不死鳥のように蘇ったのだ。国家の強制力をもってしても破壊できなかったこの結合の本質は何なのか。それは血縁ではなく、共有された利害と企業文化、そして何より「巨大であることの生存確率の高さ」を知る冷徹なプラグマティズムに他ならない。