華々しいアナウンサー人生のスタートを切ったように見える安住アナですが、そのルーツは極めて泥臭い努力と挫折の連続でした。1973年8月3日に北海道帯広市で生まれ、自然豊かな河西郡芽室町で育った彼は、小学生時代には少年野球チーム「芽室ジャガーズ」に所属する熱血スポーツ少年でした。地元・北海道帯広柏葉高等学校を卒業するまでは、東京の華やかなマスコミ界とは無縁の生活を送っていたのです。
高校卒業後は1年間の浪人生活を経験し、上京して明治大学文学部文学科(演劇学専攻)へと進学します。当時の新宿・歌舞伎町界隈について、本人が生中継の現場で「学生の頃はもっと怖くて、靖国通りから北側は命がけで来ていた」と述懐したように、決して裕福とは言えない学生生活の中で都会の雑踏に揉まれながら感性を磨いていきました。
大学時代の彼はアナウンサー志望ではなく、中学校・高等学校の国語科教員免許を取得し、本気で教師の道を目指していました。就職活動の一環として、教育実習の模擬面接の練習になればという思いで記念受験したのがTBSの採用試験でした。アナウンススクールに通い詰めて入念な対策をしてきたエリート就活生たちの中で、飾らない飾務的な言葉と圧倒的な胆力を見せつけた安住青年は、倍率数百倍とも言われる難関を突破して見事内定を勝ち取ったのです。