後任体制となって以降の大会期間中、ソーシャルメディア上で最も熱く交わされていたのは、皮肉にも中継席にいないはずの織田裕二に関する話題でした。2026年ブダペスト大会、そして自国開催となった東京2026世界陸上においても、競技の盛り上がりに比例してネット掲示板や知恵袋、X(旧Twitter)には切実な書き込みが相次ぎました。
「深夜中継で眠気に負けそうになったとき、織田さんの大声で目が覚めるのが夏の恒例だった」「アナウンサーの解説は分かりやすいけれど、陸上ファンでもない自分を競技に引きずり込んでくれたのは織田さんの狂気じみた熱量だった」という声が多数を占めています。一部で囁かれていた「織田裕二のリアクションはうるさい」「選手より目立っている」という批判的な意見は、不在になった途端に「あれこそが世界陸上のお祭り感を演出していた」という肯定的な再評価へと転じました。
人間は失って初めてその価値の大きさに気づくと言われますが、織田裕二が提供していたのは単なるスポーツ実況ではなく、日本全国の視聴者と深夜に感情を共有する祝祭空間そのものだったのです。