本作における「Rain」の扱いについて、ネット上では「挿入歌なのかエンディング曲なのか」という議論が散見されます。公式クレジット上の定義と実際の演出構造を整理すると、新海作品ならではの特殊な音響設計が確認できます。
厳密には、本編のクライマックスである階段のシーンから「劇中挿入歌」として流れ始め、登場人物の感情のピークを描き切った後、そのまま途切れることなくスタッフロールの「エンディングテーマ」へと移行します。映画の劇伴と主題歌の境界線を意図的に曖昧にすることで、観客を現実に戻さず物語の余韻の中に留め置く設計が採用されています。
また、本作の根底には『万葉集』の短歌と返歌が存在しており、「Rain」の歌詞はその現代語訳的な役割も担っています。
【雪野が投げかけた短歌(万葉集 巻11・2513)】 「雷神(なるかみ)の 少し響(とよ)みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ」
(雷が少し鳴って、雨でも降ってくれないかしら。あなたを引き留められるのに) 【孝雄が返した短歌(万葉集 巻11・2514)】
「雷神の 少し響みて 降らずとも われは留まらん 妹(いも)し留めば」
(雷が鳴らなくても、雨が降らなくても、私はここに留まりますよ。あなたが望んでくれるなら)
雨を「人と人を繋ぎ止める口実」として捉える古代の情緒と、「Rain」のサビで繰り返される切実な願いは、1300年の時を超えて完全に同一の精神性で結ばれているのです。