上沼恵美子さんは元々は歌手志望でしたが、父親に促されてイヤイヤ姉とコンビを組み漫才の道へ進んだそうです。
そんな上沼恵美子さんが漫才に進んだ経緯とデビュー当初について調査しました。
漫才師になったキッカケは姉の相方失踪事件
上沼恵美子さんが漫才師になったきっかけは姉の相方の失踪事件があったからだそうです。
2026年1月に放送されたテレビ朝日系「徹子の部屋」で上沼恵美子さんは「父が大ファンで。お笑いの。姉のコンビがいてたんですよ。デビューもその方と決まってたんですけど、逃げちゃったんですね。それで突然父に『恵美子、お前行け』って言われて『エーッ』ってなって。もう凄く嫌でした」と話していました。
嘘みたいな本当の話ですが、結果として漫才師として大成功したのですからよかったですよね!
父の涙で漫才師になると決意
上沼恵美子さんは父の涙で漫才師になると決意したそうです。
2026年1月に放送されたテレビ朝日系「徹子の部屋」で上沼恵美子さんは父親から姉の相方になれと言われて「人に笑われるなんて絶対嫌だ」と拒否したそうですが、母から翌日父が泣いていたと明かされると、「それだったら3年ぐらい父親に人生を渡してもいいかなと思って」とコンビ結成の秘話を話しました。
当時の上沼恵美子さんの年齢は14歳、14歳ながら父親のことを大切に思っていたのでしょうね。
中学生で漫才初舞台も嫌がらせの嵐
上沼恵美子さんは中学生で漫才初舞台も周囲の漫才師から嫌がらせを受けていたそうです。
2026年1月に放送されたテレビ朝日系「徹子の部屋」で上沼恵美子さんは「劇場にいる芸人さん何だこれ、人間かっていうような人ばっかりです。その人たちがちょっと私可愛かったもんですから、いろいろ隠すんですね。うちの姉が眉ずみとか全部隠されてしまって、ないんです。仕方がないんで、姉はボールペンで眉を書いて出て行ったんですよ。お客さんからは分からないんですが、私が(笑って)ダメでして」と話しました。
さらに、上沼恵美子さんは「とにかくあの頃はいびられたり、嫌われてたわけじゃないんですけど、可愛いとダメでしたね。可愛かったんです。その中ではね。ひどかったです」と当時の嫌がらせの嵐を振り返っていました。
可愛くておもしろい上沼恵美子さんがうらやましくて、周囲の漫才師は僻んでいたのかもしれないですね。