山口百恵の父親、久保茂は確かに医師としての籍を持っていた人物だった。しかし、彼にはすでに本妻と子供がおり、百恵の母である正子さんとはいわゆる「愛人関係」にあった。百恵が生まれたとき、戸籍謄本には「認知」の二文字はなく、ただの非嫡出子として扱われた。この事実が、彼女の幼少期に暗い影を落とすことになる。
「医者の娘」という響きからは、裕福で恵まれた家庭環境を想像しがちだ。しかし現実は真逆だった。母の内職でかろうじて生計を立てる極貧生活。父親からの経済的支援はほとんどなく、百恵は新聞配達などのアルバイトをしながら家計を助けていたという。医師という社会的地位がありながら、実の子を放置した父親への不信感は、この頃から静かに芽生えていた。